東京タワー上空に近づくジェット機に「障害物、急いで上昇を」連呼

東京タワー上空に近づくジェット機に「障害物、急いで上昇を」連呼…飛行ルートを外れた都心の空で起きたこと

　東京・羽田空港を離陸したトルコ航空のジェット機が9月下旬、通常ルートを大きく外れて都心上空を飛んだ。東京タワー近くの上空に差しかかる前には、管制官から2度、「急いで上昇を」と指示されていた。
　どんなリスクがあったのか。音声の記録を基に振り返る。（福岡範行）
◆管制官が「障害物、障害物、障害物」
　国土交通省によると、ジェット機はトルコ航空199便（ボーイング777型機）。9月22日午後10時35分、トルコ・イスタンブールに向けて羽田を北西方向に離陸した。
　通常なら、すぐ東に向きを変えて東京湾に出るところを、逆に西にそれながら品川、港区の都心上空を飛んだ。
　トルコ航空は後日、国交省に、パイロットが自動操縦への切り替えを忘れたのに、切り替えたつもりになっていた人為的なミスだったと報告した。
　国交省は、再発防止に向けて羽田空港に離着陸する航空会社に注意を呼びかけたものの、航空事故などの定義には当てはまらないとして、「通常運航の範囲内」と位置付けた。国交省関連のウェブサイト「羽田空港飛行コース」の「お知らせ」には飛んだ経路の図が載っているが、国交省のサイトにある「航空安全に関する統計、報告等」には11月22日時点では記載がない。
　ただ、このジェット機がルートを外れたとき、管制官はパイロットに「障害物、障害物、障害物」という注意喚起をし、急上昇などを指示していた。
◆いつ、どんな指示を出したのか
　本紙は、元日本航空の機長で航空評論家の杉江弘さんの協力を得て、インターネット上にあった当時の通信内容の音声を確認。国交省航空局管制課にも事実関係を尋ねると、ネット上の音声にあった急上昇などの指示を認めた。
　管制官からの最初の指示があったおおよその地点は、首都高速湾岸線の上空を越えるころ。「右旋回を開始してください」と東方向に行くように伝えた。このとき高度は520メートル近く（約1700フィート）だった。
　その後、管制官はジェット機の方向を東南東に向けるようにとも指示したが、パイロットからの応答はなかったという。
　JR山手線の上空付近では、管制官は「障害物、障害物、障害物」と告げ、右旋回して南東を向くように指示し、「急いで上昇してください」と続けた。その直後にも同じように「障害物」と3回告げた後に急上昇と右旋回を指示した。
◆東京タワーを意識した？　ふたつの異なる推測
　管制官は何にリスクを感じたのか。
　管制課の山口景課長補佐は取材に対し、近づいていた東京タワーにぶつかるリスクを想定した可能性は否定し、「スカイツリーを懸念した」と、自らの推測を語った。
　最初に「障害物」と注意喚起した段階で、ジェット機の高度は東京タワーよりも300メートル以上、上となる高度約670メートル（約2200フィート）に達していた。
　ただ、その場所から東京スカイツリーまでは直線距離で約12キロ離れていた。また、実際にはジェット機は約5キロ先の東京タワーに差しかかるころには、スカイツリー付近を飛べる高度約975メートル（約3200フィート）に達していた。
　山口氏に再度、スカイツリーを心配したと考える理由を尋ねると「その後、どう飛行するか、その時点では分かっていなかった。上昇率が維持されない可能性はあった」と説明。スカイツリー上空を飛べる高度に早く上げられれば、「（リスク管理の上で）考える要素を減らせる」と述べた。
　ただ、これは、山口氏が高度や音声の記録を基に考えた内容だ。当時、実際に指示を出していた管制官への聞き取りは「（管制官に）非がある対応はなかった」との判断から行っていないという。
　一方で、航空評論家の杉江さんは、急上昇を指示した場所から「東京タワーを意識したと考えた方が自然ではないか」と推測。最初に右旋回を指示したタイミングにも着目し、「もっと早めの誘導が必要だったのではないか」と語った。
◆墜落事故のリスク、どう考える
　高い建築物がある都心上空で、管制官が「障害物」と告げ、「急いで上昇を」と指示したこと自体は「間違ってはいない」と杉江さんは述べた。その上で、障害物を理由にした急上昇の指示は珍しいケースだとし「こうした指示を出さなくてもいい状況をつくる方が、より安全ではないか」と指摘した。
　杉江さんがこだわるのは、万が一の墜落事故に備えたいという思いがあるからだ。(略)

東京新聞　2023年11月24日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/291204