【ネトウヨ必読！】「パヨク」とネットに書く人のための豆知識【日経ビジネス】

このあたりの歴史は大変錯綜（さくそう）していて、なかなか要約が難しいのだが、1870年9月のセダンの戦いでフランスは敗れ、皇帝ナポレオン3世は捕虜となってしまう。プロイセンは翌1871年1月にヴェルサイユに入城。同年1月8日に、ヴェルサイユ宮殿でヴィルヘルム2世の皇帝即位式を実施し、ドイツ帝国が成立する。フランス側は臨時政府を組織して1月末にドイツと休戦協定を結ぶ。さらに同年5月にはフランクフルト講和条約により、アルザス・ロレーヌ地方の割譲と賠償金支払いを条件にドイツ帝国と講和した。アルザス・ロレーヌの割譲から生まれたのが、アルフォンス・ドーデ（1840～1897）の短編小説「最後の授業」だ。

臨時政府による講和に対して、フランス大衆、特に労働者階級は納得しなかった。休戦協定からフランクフルト講和条約に至る時期、労働組合は、ドイツに対する徹底抵抗を叫んで臨時政府と対立し、フランス国内は混乱する。その混乱の中で、労働者によるパリ周辺の自治政府として成立したのがパリ・コミューンだった。

パリ・コミューンは、1871年3月から5月にかけてのわずか2カ月存続したのみで、ドイツの支援を受けたフランス臨時政府の攻撃を受けて崩壊する。パリ・コミューン関係者の多くは殺害されたり、捕縛・処刑された。その後、フランスは第3共和政に移行する。

ところでこのパリ・コミューンこそ、史上初めての社会主義・共産主義政体なのである。

たった2カ月の間に、パリ・コミューンは、集会の自由、結社の自由、言論の自由、信教の自由、政教分離、婦人参政権、生活保護など各種社会保障という、今となっては当たり前だが当時としては先進的な政策を打ち出した。それはコミューン崩壊と、それに続く虐殺と弾圧によって消えてしまったが、19世紀末から20世紀にかけての主に欧州、さらには世界全体の政治情勢、社会情勢に大きな影響を与えた。

「インターナショナル」は、このパリ・コミューンから生まれた歌だ。作詞したのはパリ・コミューンに参加していた詩人のウジェーヌ・ポティエ（1816～1887）。パリ・コミューン崩壊後の逃避行中に詩を完成させた。その後彼は英国に亡命し、フランスからは欠席裁判で死刑判決を受ける。

当初、ポティエの詩はフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」のメロディーで歌われていた。つまり替え歌だったのだ。ポティエの死後、1888年になってベルギーの作曲家にして社会主義活動家だったピエール・ドジェーテル（1848～1932）が詩にメロディーを付けたのが、現在の「インターナショナル」である。

この歌はその後、社会主義運動、共産主義運動の象徴となり、1918年から1943年にかけては旧ソ連の国歌として使われたりもした。

ところで、なぜ、社会主義運動、労働運動の歌のタイトルが「インターナショナル（国際的）」という形容詞なのであろうか。

それは、1864年にロンドンで創立された世界初の労働者の国際組織「国際労働者協会（International Workingmen’s Association）」が、通称Internationalと呼ばれたからだ。

産業革命以降、第2次産業労働者の過酷な労働環境が問題となり、19世紀前半になって欧州各国では労働運動が始まる。

「なぜ、巨大な富を得る資本家が現れるのか。なぜ労働者はかくも悲惨な境遇に甘んじねばならないのか」という疑問を、マルクスは「そもそも資本主義社会にはそのようになる仕組みが内包されている」と分析したわけである。

労働者の悲惨な生活が、社会の仕組みによってもたらされる以上、労働者の地位向上には社会の仕組みを変えなくてはいけない。

ここで初めて、「労働者の国際的連帯が必要」という発想が立ち上がる。

それまで、欧州には「どこそこの領民」という意識しかなかった。国民国家の成立で「どこそこの国民」という意識が芽生えるが、まだそれは地域と場所と宗教、そして場所に根付いた言語や文化などによる区分である。

が、産業革命によって社会に資本家と労働者という区分が生まれた。資本主義のダイナミズムによって出てくる区分なので、資本主義の国ならばどこでも発生する。どこにでも労働者がいるのなら、労働者の地位向上には、国境を越えて労働者が団結する必要がある。同じ仕組みによってもたらされる悲惨は、同じ境遇の者が国境を越えて団結し、はね返さねばならない。

その理念の下に設立されたのが、国際労働者協会であり、その略称がインターナショナルだった。

つまり、19世紀後半において、国際的な労働者の連帯組織が立ち上がるということは、文字通りに画期的なことだったのだ。だからこそ組織の略称が「インターナショナル」になったのだし、労働者を鼓舞する歌の題名が「インターナショナル」となったのである。

インターナショナルこと国際労働者協会は、19世紀前半の欧州における社会格差拡大とそれに対抗する労働運動の高まりを受けて、1864年に設立された。設立集会にはマルクスも参加しており、創立宣言を起草している。創立宣言でマルクスは、産業革命による経済成長による富の増大が、中産階級（ブルジョワジー）に集中し、末端の労働者は貧困の淵に沈んでいることを指摘し、その解決策として労働者は団結して政治的影響力を持ち、国家の意思決定に参加することで格差是正を進めるべきだ、とした。

1871年のパリ・コミューン成立にあたって、国際労働者協会は、パリ・コミューンを支持する声明を出した。

しかしながら、国際労働者協会は、様々な意見を持つ者の集合体で、内部には深刻な意見対立が存在した。労働者の地位向上といっても、そのために何をすべきかでは大きな路線の違いがあったのだ。特に社会主義と無政府主義の対立は深刻だった。このため、だんだん組織としては機能不全に陥っていき、1876年に、国際労働者協会は解散してしまった。

「労働者は国境を越えて国際的に団結せよ」と言いつつ、内部の路線対立は調停できなかったのである。

そこで、フランス語によりポティエの歌詞を読んでみる（Wikisourceに掲載されている、こちら 　https://fr.wikisource.org/wiki/L%E2%80%99Internationale）。

よく知られた日本語訳の歌詞は、佐野碩（演出家・1905～1966）と佐々木孝丸（俳優・1898～1986）の手によるものだ。

いざ戦わん　いざふるい起て　いざ

ああインターナショナル　我らがもの

と2回繰り返しているリフレインは、ポティエの原文によれば

C’est la lutte finale　（これは最後の戦いだ）

Groupons-nous, et demain,　（我ら団結しよう、そして明日には）

L’Internationale　（インターナショナルが）

Sera le genre humain　（人類となるだろう）

となっている。

「インターナショナルが人類となるだろう」という言い回しが少々分かりにくい。が、これは「インターナショナル、つまり国際労働者協会=国際的な労働者の協力・団結が、全人類共通の社会基盤となる」という意味であろう。そこにはもちろん「国際的な労働者の団結が社会基盤になれば、労働者が飢えと貧困に苦しむことのない、よりよい社会が実現する」という希望が上乗せされているのは、まず間違いない。

国際労働者協会は解散してしまったが、しかし「労働者は国際的に団結すべきだ」という理念が消えることはなかった。

1889年に、今度は社会主義者たちが集まって、国際社会主義者会議（International Socialist Congress）という国際的な労働者の組織を立ち上げる。今度は各国で勢力を伸ばしつつあった社会主義政党が、ドイツ社会民主党（SPD）を中心に集まった。この組織も通称「インターナショナル」と呼ばれた。そこで事実上の前身である国際労働者協会を「第1インターナショナル」、新しく結成された国際社会主義者会議のことを「第2インターナショナル」と呼ぶようになったのである。

第2インターナショナルは、無政府主義者を排除したので、路線闘争は国際労働者協会ほど激しくはなかった。が、各国で政治活動を行う社会主義政党が集まったことで、「資本主義を革命によって打破し、一気に社会主義国家を実現するか」と「議会制民主主義の中で地歩を固めて緩やかに資本主義の内部から社会主義を実現していくか」という対立が発生した。

ここに「欧州各国が支配していた植民地の独立をどのように考えるか」とか、「各国のナショナリズムとの折り合いをどうつけていくか」などの問題が重なる。国際的な社会主義運動の混乱は、混沌とする20世紀初頭の世界情勢と重なっていると言ってよいだろう。

結果、第2インターナショナルこと国際社会主義者会議は、第1次世界大戦が勃発した1914年に崩壊してしまう。参加していた各国の社会主義政党が、戦争によって敵と味方に分かれ、しかもそれぞれが戦争において自国を支持したため、本来の趣旨だったはずの「労働者の地位向上のための国際的な連帯」が成り立たなくなってしまった結果だった。

第2インターナショナルの崩壊後、世界の社会主義運動にとって衝撃的な事件が発生する。マルクスは、社会主義社会への移行は高度に資本主義が発達した英国において、資本主義の矛盾が最高潮に達した結果起きると考えていた。ところが、資本主義という点では、英国をはじめ西欧諸国に大きく遅れていた帝政ロシアにおいて、1917年2月の2月革命、同年10月の10月革命を経て、世界初の本格的社会主義国家である、ソビエト社会主義共和国連邦（ソ連）が先に成立してしまったのである。

そんな人々も、集会の自由、結社の自由、言論の自由、信教の自由、政教分離、婦人参政権、生活保護など各種社会保障の上で生活している。

パリ・コミューンが打ち出した理想は、その後20世紀に社会制度として実現した。今、ネットでは、実現した制度の恩恵を受けつつ、実現の先頭に立ったパリ・コミューンを含む左翼思想を「パヨク」と罵倒している。

例えば、第1インターナショナルも、第2インターナショナルも、解決すべき課題として1日8時間労働の社会制度化を掲げていた。

産業革命により第2次産業の労働者が出現した当時、そもそも労働を時間で規定するという発想もなかった。人々は「時計を気にして時間をきちんと守って生きる」という生活習慣を持っていなかった。

中世欧州も江戸期の日本も日の出と日の入りが時間の基準となる不定時法だった。日本の場合で説明すると、日の出が「明け六つ」、日の入りが「暮れ六つ」で、昼と夜をそれぞれ6等分する。季節によって昼と夜の時間の1単位が伸び縮みするのだ。ほの暗い灯火しか存在しない時代、人々は日の出とともに起きて日の入りで就寝していたから、そのほうが合理的だったのである。

しかし、工場労働となるとそうはいかない。工場では一定時間に一定の量を生産する。だから労働の対価も1日を日の出日の入りと無関係に等分割した定時法の時間で計算しなくてはいけない。

そして、長く働けば働くほど生産量は増える。工場を経営する者にとっては、工場労働者の賃金は安いほどよいし、長時間労働するほどよい。利潤が大きくなるからだ。

それは資本主義における資本の論理だ。結果、工場を経営する者には富が蓄積され、かつかつのその日暮らしを強いられる工場労働者との社会格差が拡大する。

社会格差を是正するには、まず労働者が権利を持つことだ。その第一歩が過重な労働を強いられない権利を持つということであり、1日8時間労働の実現だったのである。

19世紀を通じて、大規模なストライキや社会騒乱を経て、少しずつ1日8時間労働制は定着していく。世界で初めて、法律によって1日8時間労働を制度化したのは、ソ連だった。1917年のことである。

作中、光画部が、生徒会と戦う話が出てくる。新しい生徒会長の西園寺まりいは、秩序が大好き。まりいが弱小な部を圧迫したため、光画部以下、漫画研究会、超常現象研究会、文芸部、映画研究会、演芸部など、弱小部が一同に集まって対策会議を開く。

その中で漫研会長が以下のようにぶち上げるのだ。

「わが春高の誇りは花園や甲子園にいくことではなく、わけのわからぬクラブが群雄割拠できるというリベラルな校風ではなかったか！？」

作中では「考えてみりゃすげえ学校だよな……」とツッコミが入るのだが、これは実に素晴らしいセリフだと思う。

高校ラグビーの花園も、甲子園も、その価値や意義は歴史を通じて決まってしまっている。しかし弱小部にそのような価値はない。逆の言い方をすれば、それは未来への可能性そのものだ。

未来への可能性を保持し続けるためには、小さい者弱い者、かそけき物事、今は海のものとも山のものともつかぬ物事を保護し、発展させる必要があるのだ。

そこに、人権という概念の、人類史的意義がある。

人権という概念は、「自分もあいつも人間ではないか。であるなら同じ権利が認められるはず」というところから始まる。性別を超え、人種を超え、年齢も、心身の能力の格差も超え、みな等しく人間である、というところから、「では、その人間はいかなる権利を持っていれば、十全にその人生を生きることができるのか」と考えて、一つひとつの権利が概念化され、主張され、実現してきた。

別の言い方をすれば、未来に向けて人権は拡張していく必要がある。そのことこそが、人類社会をよりよい未来へと導いていく。

「自分とあいつは違う。だから区別してよい」という分断と排撃の思考とは正反対の行き方だ。区別は容易に差別へと転化する。差別をすれば自分の心理的ポジションは他者を踏みつけた分だけ持ち上がるので、気分は良くなるし安心もできる。が、社会は未来への展望を失い、衰退する。

人権の拡張にこそ未来がある。そして、その未来への思考の発端に、わずか2カ月にして崩壊したパリ・コミューンがあったということは、頭の片隅でいつも意識しておいてよいと思う。特に、SNSに書き込みをする時には。

ちなみに私は、「あ～る」作中に登場する“戦うバスガイド”毛利郷子さんのファンです。

♪いざ戦わん　いざふるい起て　いざ……

「やあ、それはいんたあなしょなるというものですね。奥が深い」

松浦 晋也